歴 史



【社 格】
           社格とは、神社の格式のことです。
延喜式神名帳記載(式内社)明神大、月次、新嘗、朝廷奉幣二十二社の内の中七社の一社で、嵯峨天皇弘仁一三年(823年)八月三日従五位、白河天皇永保元年(1081年)七月十日正一位を授けられ、明治四年(1872年)五月十四日官幣大社となりました。


【旧社領】
室町時代頃には本社大神の御位田八十町、相殿二座及び摂社の三座に各二十町ほか、神地封土等を合わせ、凡そ五百余町を保有していましたが、永正年間に細川管領の家門に押領され、また天正年間(1580年)に大和大納言豊臣秀長に没収されたことにより、社領が減少し衰頽しました。


【宝 物】
社蔵の宝物古文書等は、永正三年(1506年)沢蔵軒の兵火にかかり、ことごとく灰燼に帰しました。僅かに大永二年(1523年)百済寺僧学辧が書き写した「河相宮縁起」、年代不詳の「旧社地絵図」、元禄十三年(1701年)春日若宮神主中連祐字の記した「廣瀬社勘文」等が伝わるだけです。

戻る